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アンディー中嶋のバイブル的人生!
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読んで、聞いて、笑って、祈れる、アンディー中嶋のバイブルブログです。よろしく!
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闇からの創造

2011/05/03 12:33

旧約聖書をひもとくと、おもしろいことがいろいろと見えてきます。

そのひとつが「始まり」です。


ユダヤ人の一週間の始まりは日没からです。つまり、暗くなるのが始まりなのです。


創世記の最初にも、まず「闇」があったと書いてあります。

闇があって、始まりがある。

先日、下のヤフーニュースを読んでいて、そんなことを思いました。


http://headlines.yahoo.co.jp/smartphone/hl?a=20110502-00000091-san-soci


闇は終わりではない。創造の始まりなのだと。。。

主に期待して。
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「神の大河ドラマ」(パート2)

2011/04/24 22:42
1)「高い志を持つこと、大志を抱くこと」

坂本龍馬がビデオで言っていたように、自分のためだけではなく、人々のための大志を抱くことです。私の出身は札幌ですが、先ほどお話したWilliam Smith Clarkが教鞭を執っていた札幌農学校、今の北海道大学がある町です。このクラーク博士が言った有名な言葉に「少年よ、大志を抱け!”Boys, be ambitious!”」というのがありますが、実は、”Boys, be ambitious in Christ like this old man!”と言っていたそうです。クラークは日本がまだまだ身分の差別と不自由さの中で生きていることを目の当たりにしていました。ですから、ただ「大きな夢を持ちましょう!」みたいなことを言っていたのではないことは確かです。

しかし、クラークの志の実は、少しずつ実ります。 札幌農学校から、国際連盟で活躍し、「Bushido」を書いた新渡戸稲造や内村鑑三、東大の総長だった矢内原忠雄、南原繁にその志が伝わります。そして、70年後に教育基本法へと実を結びます。私達がどんな人でも教育を受けられるようになったのは、元はと言えば、このクラークのおかげなのです。クラーク博士はキリストのために日本を助けるという大志を抱いていました。そして、わずか8ヶ月しか日本にいなかったのに、日本を大きく変えたのです。皆さんは、どのような大志を抱いて生活しているでしょうか。この中にたくさんその志を持った人がいます。大志を抱いて、去年までこのミシガンにいたツトム君は日本で頑張っています。もし皆さんが、人々のために将来を使おうとするなら、必ず神様はあなたを助けてくださいます。

2)「リバイバル(維新)に備えよ!」 

龍馬はこれから何が起こるかわからなかった。だが心配だけしていた訳ではなかった。彼は日本が変わるために何が必要か、徹底的に学び、人との交わりを深め、行動し、その時の自分にできることをしていた。
私達には、イエス様が戻ってこられるまでの間、どのようなことが起こるかわかっていますよね。必ず、いつか、この霊的に鎖国のような日本の鎖が解き放たれ、人々がイエス様を求めてやまない維新の日が来る。龍馬にとってそれは希望にしか過ぎませんでしたが、私達にとってそれは事実です。これからの日本の維新の日のために、何が必要でしょうか?

リバイバル(維新)が起きた国には、いくつかの共通点があるのを知っているでしょうか。それは、第一に、神の言を学びたいという熱意です。人々は深く聖書に入り、 「Fig’s」のような聖書研究会や三上さんがやっている「ビッグボーイズ」のような聖書を中心とした交わりが至る所で起こる。そしてその集まりは、まるで明治維新が起こる起爆剤となった松下村塾のような塾に変わります。

ハーベストタイムの中川先生はこうおっしゃっています。「イエス様は公生涯の前半は奇跡や癒しに時間を割いた。それは一般民衆に神の国を伝えるためだった。しかし、後半は、弟子を訓練することに時間を割いた。それは、自分のような存在を、豆キリストとして増やすためであった。ハーベストタイムはテレビという一般大衆伝道の時代は終わり、主の再臨を待つための弟子訓練の時代に入っています。そのために私達は“ハーベスト聖書塾”を運営している」とおっしゃっています。今、宮本先生と熱く語っているのは、主を熱心に知り、キリストの弟子になりたいと思っている人達のために、「ミシガン聖書塾」を作ることです。そこで、私達はキリストの弟子となり、龍馬のような人材を育てるのです!

リバイバルの第2の共通点は、涙を伴うほどの熱心な祈り。今日読んだ詩篇126篇は、囚人のように囚われている人々を解放された喜びを歌っている。それはまるで信じられないような出来事だったので、「夢」を見ているようだったとある。その時、我々は笑いと喜びで満たされる。まだイエス様を知らない家族が信じるようになり、人生が変えられる。薬物や酒やセックスだけに溺れている友達がイエス様に変えられる。壊れている家族や関係が修復される。人々が救いを求め、川のように教会に押し寄せてくる。これはまだ「夢」かもしれません。しかし、必ず成就する夢であると聖書は約束しています。しかし現に、世界の各地でリバイバルが起こっている所では、そのようなことが起こっているのです。

詩篇126篇のキーワードは「涙」です。悔い改めの涙、人々の救いのための涙をどれだけ私達は流しているでしょうか。この涙は、普通に生活をしていたら出ないようなタイプの涙です。皆さん、今の日本のニュースを知っているでしょう。30代、40代でも仕事がなく、自殺に追い込まれている人達がものすごくたくさんいます。その人達のために、熱心に人々の救いのために祈る時にしか出ない涙です。困難な問題の相談に乗る人しか流せないような涙です。自己を犠牲にしてまでも救いの手を差し伸べる涙です。カリフォルニアのEquipper Conferenceでも涙、涙の連続だったそうですね。私達の涙は塩っぱい悲しみの涙で終わることなく、甘い、喜びの涙に変わるというのが神様の約束です。


3)「神の大河ドラマを知れ!」

皆さん、ドリューさんの話に戻りますが、今から10ヶ月前のことを思い出してください。ドリューさんは当時、神学校の3年生でした。日本語礼拝でインターンをしていましたが、卒業間近、クラスメートの就職先がどんどん決まっていく中で、自分は何も決まっていないという焦りがありました。それだけではなく、突然病気になり、入院。なんと300万円もの手術費と入院費がかかってしまった。「もうどうしたらいいかわからない」という状態でしたよね。この日本語礼拝で祈り、ドリューさんにわずかながらの献金をしました。辛い経験でしたが、懐かしい思い出です。今のドリューさんを見てください。アメリカ改革派教会アジア地区の宣教主事として、RCAの中で上から4番目のポジションに付き、この日本語礼拝の監督もしています。「先の者があとになり、後の者が先になる」という聖書の言葉が成就しました(笑)。ハレルヤ! 彼のしている仕事は、かつてフルベッキなどの宣教師たちをアメリカから送り出したフェリス宣教主事と同じ仕事です。もしかしたら100年後ぐらいに、フェリス女学院ではなく、「山本女学院」という名前の学校ができるかもしれません。

それは冗談ですが、何が言いたいのかというと、私達に神様の偉大な計画はわからないことが多いということです。なぜ龍馬が維新の志士として選ばれたか、わからない。先月の宮本先生のクリスマスの話のように、イエス様の御降誕を伝えるために、なぜ羊飼いが選ばれたのか、わからない。イエス様が生まれるために、なぜマリアが選ばれたのかもわからない。しかし、ひとつ分かっていることがある。それは、この人達は、もちろん完璧な人達ではありませんが、神様の御心と御計画を受け入れる心のベース・下地ができていたということです。ということは、選ばれる、神様の計画が現れるためには、神様の主権は100%と同時に、人の努力も100%なのです!

皆さんに与えられた人生のドラマはまだ終っていない。20代の学生さんはもちろんのこと、働き盛りの皆さん、退職された三上さんや水田さん、いや、80代のなおさんもまだ終っていない。これから神様がどんなドラマを私達に見せてくださるか期待する信仰が必要です。この詩篇126編のように、ラストシーンは必ず、「私達の口は笑いで満たされ、私達の舌は喜びで満たされ、人々は“主は素晴らしい!”と賛美するような最終回」を迎えるのです。

イエス様の18番、オハコは、私達を変えることです。だから諦めてはいけない。ケビン牧師が年頭の説教で言っていたように、神様が今年、我々を通して何をしてくださるか期待しようじゃありませんか! 

最後に、聖書のこの約束の言葉を読みましょう。第2歴代誌 16:9 (2 Chronicles) です。“For the eyes of the LORD range throughout the earth to strengthen those whose hearts are fully committed to him.” 「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。」神を愛するなら、あなたは、キリストのように変えられていきます。これは神様の約束です。自分の今の姿を見て、がっかりしないでください。 神様の力は、神の心を持つ人に必ず現れます! (完)

イエスキリストの素晴らしい復活の力が、今日も皆さんの上にありますように!
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説教「神の大河ドラマ」 パート1 (詩篇126篇)  

2011/04/21 02:43
以前、ホーランドとバトルクリークの日本語礼拝でメッセージをさせていただいたことを2回に分けてお届けします。

「神の大河ドラマ」という内容ですが、昨年の「龍馬伝」に痛く感動し、こんなメッセージが生まれました。

幕末・明治期の日本と、ここホーランドとのつながりが見えてくるかもしれませんよ〜

2回に分けて、どうぞお付き合いください。

中嶋



説教「神の大河ドラマ」(パート1)(詩篇126篇)  

今日はじめて日本語礼拝に参加してくださった方々もいらっしゃいますし、宮本先生ご夫妻のように、まだミシガンにいらして間もない方々もいらっしゃいますので、この西ミシガン日本語礼拝のミニストリーを簡単に振り返らせていただきたいと思います。しかし、まず、アメリカ人の方々のために、この質問で始めましょう。「一年に何人の日本人が世界中でイエス様を信じるでしょう?」答えは、7500人です。しかし面白いのは、そのうちの約4分の1の方々が、この北アメリカで救われるのです。ということは、日本人伝道は日本だけではなく、海外でも大きな役割を担っていると言っていいと思います。しかし危急の問題は、JCFNの統計によりますと、そのうちの8割が、日本に帰ってから教会に繋がらなくなる。これは大きな問題です。

早いものでホーランド日本語礼拝は今年の10月で19周年を、バトルクリーク日本語礼拝は15周年を迎えることになります。1992年に礼拝が始まった時は、いったい何人の人達が来て下さるだろうと思いましたが、ふたを開けてみましたら、なんと2000人の異なった人達が一度は礼拝に来てくださっていました。日本の教会の平均は30人。新しい人が一年で10人いれば珍しいということですから、2000人も来てくださったというのは、神様の恵み以外の何物でもありません。神様に感謝の拍手をしたいと思います。

この18年を振り返ると、神様の大きな動きの中に生かされてきたような気がします。一生懸命祈ったり、努力したりして日本語礼拝の働きを良い物にしようとはしてきましたが、その努力以上のことを神様がしてくださったと感じています。まるで、神様の大きな河で、船を漕いではいましたが、風を吹かせ、流れに勢いをくださったのは確かに天地万物を造られたお方でした。

その中でいろいろなドラマがありました。ある人達はクリスチャンとなり、日本でイエス様のことを話し、ある人達はアメリカに残り、日本との架け橋となっています。また、約15人の人達が宣教師となり、日本で働いています。現在、日本へ行っているRCAの宣教師達は皆、ホープカレッジ出身の人達です。そして、DrewさんのようにRCAのアジア太平洋宣教主事になった人もいれば、Ericaさんのように、日本のプロゴルファーである宮里さんや上田さんの専属英語教師になっている人もいます。振り返って考えてみると、本当に不思議な神の計画としか言いようがありません。いろいろな人達が、いろいろな形で、神と人に仕える証人になっている。これほど嬉しいことはありません。

今日は「神の大河ドラマ」というタイトルでお話したいと思いますが、このタイトルは、ご存知のように、NHKの「大河ドラマ」から来ています。今、日本で放送されている大河ドラマは何かご存知ですか?「坂本龍馬」です。アメリカが南北戦争をしていた1860年代、日本も同じ時期に市民戦争をしていました。その時に活躍していたのが坂本龍馬でした。龍馬は「日本を洗濯する」という志を持って西郷隆盛や勝海舟など、アメリカの南北戦争で言うところのGeneral GrantやGeneral Leeのような人達の調停役となります。 今の日本があるのは、坂本龍馬のおかげと言ってもいいかもしれません。日本人に「尊敬する人物は誰ですか」と訊くと、必ず、「坂本龍馬」の名前が出て来るぐらいです。

今日は龍馬のことを長く話す時間はないのですが、龍馬にまつわる面白い話を少しだけ紹介したいと思います。龍馬には「山本数馬」という親戚がいました。実はこの男、ある時、魔が差したのか、人の懐中時計を取り、質屋に流し、金にしてしまうんですね。それが奉行所(当時の警察)の知る所となり、切腹を申しつけられます。しかし、龍馬は当時の考えとは逆に「命の方が重い!」ということで、山本数馬を北海道の函館に逃がします。実はその函館で出会ったのが、ロシア正教の司祭のニコライでした。東京にお住まいの方は分かると思いますが、神田にあるニコライ堂の名前が付いたあのニコライです。山本数馬は攘夷派でしたから、最初ニコライを殺そうとしていました。しかし、ニコライの信仰と生き方に感化され、クリスチャンとなり、日本人で最初のロシア正教の祭司となります。

さらに面白いのは、この山本数馬が、ある日本人青年の海外渡航を手助けしたことです。1864年、日本はまだ鎖国中でしたから、海外に出たら死罪です。しかし、山本数馬は、この青年が聖書を読み、人生が変えられたのを知りました。青年はこう言ったそうです。「自分は両親の物でも殿様の物ではない。神の物だ。孔子の教えはあまりにも狭い。自分は天地を造られた神に仕える必要を感じる。だから、私は主君も日本も捨てた」。 この青年の名前は「新島七五三太(にいじましめた)」と言いました。のちの「新島襄(ジョー)」です。新島は、同志社大学を建てる人物となり、たくさんのクリスチャンを世に出しました。   早稲田大学を建てた大隈重信は、聖書で人間教育をしている新島襄の教育哲学に惚れ込み、自分の大学であった早稲田大学もしばらく人任せにして新島襄を助けていたそうです。また新島は、札幌農学校の初代校長であったDr. William Smith ClarkをAmherst大学から招いた人でもあります。

もし、坂本龍馬が自分の命を賭けて山本数馬を助けていなかったら、新島襄はいなかった。そして、同志社大学もなかった。それだけでなく、札幌農学校にクラーク博士も来ていなかった。そうしたら、明治の偉大なクリスチャン教育者の内村鑑三も5000円札に載った新渡戸稲造もいなかったかもしれません。(さらに不思議なのは、龍馬の甥っ子の「坂本なおひろ」はやがて牧師となります。そして、龍馬を暗殺した今井信郎もやがてクリスチャンになるのです。)

龍馬がクリスチャンだったかどうかは不明です。しかし、龍馬の友人であり、日本を大きく変えた西郷隆盛と勝海舟同様、聖書に多大な影響を受けていたのは事実です。実は、Last Samuraiと呼ばれたこの西郷と、エドを焼け野原から守った勝海舟に聖書を教えていた人物がいました。それが、私達と同じ団体、RCA(アメリカ改革派教会)から日本へ宣教師として行ったGuido Verbeck(フルベッキ)でした。フルベッキはオランダ人だったので、英語は完璧ではなかったそうです。しかし、ここにも神の導きがあるのですが、当時の日本で学ばれていた外国語は何だったでしょうか? オランダ語です。そして、フルベッキは自分の思いを遥かに越え、日本の様々な教育機関、明治新政府で用いられていきます。

ここにフルベッキが教えていた佐賀藩の教育機関である到遠館(ちえんかん)の学生と撮った写真が残されています。この中に、明治時代を作った学生達がたくさん写っています(大隈、日下部、岩倉など)。フルベッキは明治学院大学や東京大学でもキリスト教教育を行いました。また、1877年には天皇から勲章も授かりました。元明治学院大学の中山学長の話では、フルベッキは、「人格徳性に優れ、語学力に恵まれ、強い使命観を持っていた」そうです。彼はあまりカリスマチックな人ではなく、いつも静かで、人の言うことによく耳を傾け、シンプルかつ熱心な祈りの人だったそうです。そして、いつも一生懸命、日本語を学んでいました。そういうフルベッキを見て、日本人は彼を信頼したのです。

Verbeckに影響を受けたGeneral Grantのような勝海舟は、死ぬ前にクリスチャンになりましたが、亡くなる30年前、明治維新の直後に、二人の元サムライの青年達に会いました。その名前が、大儀見元一郎と木村熊二です。この二人は、勝海舟に勧められ、アメリカで学ぶ決心をします。1871年に横浜を出、サンフランシスコに着き、汽車でニューヨークに行き、勉強ができる学校を探しますが、見つかりません。その時、たまたまニューヨークに資金集めに来ていた人がいました。その人は、この元サムライの留学生達の話を聞き、「では、私の大学に来て勉強しなさい。私が授業料も含めて面倒を見てあげよう」と言いました。

それがホープカレッジの初代学長のフェリップス牧師でした。その頃は耶蘇教禁制の時代。「絶対にヤソにはならない」と決めていましたが、フィリップス夫妻の素晴らしい愛にほだされ、翌年、ホーランドにあるホープ教会で洗礼をうけます。大儀見と木村は、この礼拝堂の後ろにあるVan Vleck Hallに住み、8年間勉強しました。最初は英語がほとんど分かりませんでしたが、1879年に卒業する時に、大儀見は卒業生代表として、英語と日本語とラテン語でスピーチをしたそうです。面白いのは、大儀見と木村がホープカレッジに在学中、ミシガンのいろいろな街を回った時のことです。手紙を見ると、アンナーバーのことは、アンボールと呼んでいたりしているのですが、彼らはGRをはじめ、アンナーバー、バトルクリーク、カラマズーを回っていることに気づきます。そして、「将来、自分たちのような日本人がきっとこのミシガンに来る」と思い、邦人伝道のために祈っていたのでしょう。そして、その実が今、このミシガンで実っているのです。まさに、「主は彼らのために大いなることを成された」です。

この大儀見と木村は、クリスチャンになっただけではなく、牧師・教師となり、日本に帰り、明治学院大学、東京女子大学、盲学校を建て、教え、Verbeckや他の宣教師と伝道活動を始めます。そして木村は、有名な小説家の島崎藤村に洗礼を授け、一緒に長野県で学校を始めます。この写真は1884年のクリスチャンリーダー達の集まりです。木村の隣にあの新島襄と内村鑑三が写っています。
皆さん、少しずつ、125年前の日本とミシガンの繋がりが見え始めたでしょうか。そして、神の歴史の大河ドラマが見えて来たでしょうか。 

今日お話した人達は、誰も「自分は有名になろう」とか「自分のために何か大きな事をしよう」と思って仕事をした人達でありませんでした。むしろ、先はどうなるか分からない。しかし、歴史の流れをコントロールしておられる神を信じ、祈るような気持ちで仕事をしていたと思います。 問題もたくさんありました。フルベッキのように、最初の子どもを、誕生2週間後に亡くしたり、自分の命を危うくすることも何度もありました。しかし、天命と信じ、目の前に与えられた課題から逃げず、西郷隆盛が言ったように「敬天愛人」に生きたのです。すると、いつの間にか、周りの人達を助けるだけではなく、日本を助けていたのです。

では、私達は、フルベッキや元サムライ・クリスチャン達から、何を学ぶことができるのでしょうか。3つのことを言いたいと思います。
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311をめぐって思うこと

2011/04/12 11:31

このブログを読んでいてくださる方がご無事であること、そして、心新たに祈りの生活を送られていることを祈っています。

東日本大震災が起きてから、いろいろなことを考えています。

アメリカからできることをいくつか神様から示され、その仕事に没頭していた一ヶ月でした。


さて、昨日のホーランド日本語礼拝でお話させていただいたことを、この一ヶ月のまとめとして、皆さんにもお分かちさせていただきたいと思いましたので、よろしければお読みください。

祈りつつ、

中嶋


説教「311:祈りを祈りだけで終わらせないために」 2011年4月10日 ホーランド礼拝

1ヶ月前の今日、3月10日、皆さんはどこで何をしていたでしょうか。私の日記には、「子供たちの親子面談あり。先生から、家でもっとかけ算を練習するようにとのアドバイスを受けた」と書いてありました。もし、あの忌まわしい東日本大地震が次の日の3月11日にやってくることを知っていたら、私達はどうしていたでしょうか。ツイッター、フェイスブック、メールをフルに活用し、大地震と津波が来るから、人々に高台に避難するように訴えていたでしょうか。それとも、「地震が来るなんてバカなことを言ってみんなに笑われたら嫌だ」と、何もしなかったでしょうか。

ある意味で、私達は、3月11日の午後2時46分で時間が止まったと感じているのではないでしょうか。被災地に暮らす人達はなおさらだと思います。アメリカ人にとっては9月11日がモニュメントとなり、日本人にとっては311がモニュメントとなるはずです。311が津波と地震だけで終わっていたなら、既に復興作業が始まっているはずですが、900回以上の余震、原子力発電所の問題で、本当に復興が始まるまでかなりの時間がかかると思います。

もちろん、いいことも起きています。世界中から祈りが送られ、ボランティアの動きは盛んとなり、「頑張れ、日本!」という声が至る所で聞かれます。今まで「ウチとソト」という考えが明白だった日本ですが、ホストファミリーとして被災者を受け入れ、震災孤児の面倒を見るという動きも出てきました。崩れたのは家の壁だけではなく、社会の壁が少しずつ崩れているように思います。日本にいる妹と話しましたが、人々が優しくなっているように感じると言っていました。

「苦しみのある所に祝福あり」これは聖書のコンセプトです。天国を見た人だけが天国を語れるのではなく、地獄を見た人も天国を語れる、いや待ち望めると思うのです。ですから、もしかしたら、今、最も祝福を受けている、いや正確には、祝福を受ける可能性があるのは、被災した方々かもしれません。 もちろん、私がここからこんなことを言う資格はないので、実際に被災地にいる方の言葉を引用したいと思います。これは、60人の教会員と一緒に避難を続けている福島の佐藤彰牧師の言葉です。「今、どうしようもなく“悲し楽しい”。自分の家・教会を残し、福島を離れ、悲しいけれどもそれだけではない。どこかで喜びがある」とおっしゃっています。「今まで以上に人々と神様の愛情がひしひしと感じられる。神様を恨むことなどとてもできない。」そうおっしゃっています。

しかし、まだ日本で援助活動にあたっている宮本先生ご夫妻は、被災地で自殺者が急増しつつある、非常に暗い状態だとも、おっしゃっています。この違いはどこにあるのでしょうか。 もちろん一概に言えせんが、ひとつ言えるのは、災害が起こっても人生の土台によって見方が変わる。「希望と平安を与えて下さるキリストを知っているかいないか」で大きな違いがあるということです。クリスチャンは「我々は地上では寄留者・避難民のような存在だ」と信じています。そして、「我々の国籍は天国にある」ことを知っています。ヨハネ14章1節で、イエス様は「あなた方のために場所を備えに行く」とおっしゃったのは、私達がやがて天に戻るためです。しかしイエス様に会えるのは天国だけでなく、「イエス様が見えない姿で、いつでもどこでも私達と一緒にいてくださること」を知っています。18節で「私はあなたを離れて孤児にはしない」とおっしゃったのはそのことです。それだけではなく、イエス様がやがて戻ってきてくださることも知っています。それを聖書の言葉では、「再臨」と言います。

たとえ311で地震や津波が起こっていなかったとしても、私達の人生には、「地震と津波」がやってきますよね。 私の人生にも、エマの人生にもいろいろなことがありました。母の自殺未遂、養父の交通事故死、ノエルが5歳までにopen heart surgeriesを3回通ったことなど。しかし、その度ごとに、乗り切れた。どうしてか? イエス様が心の平安と希望を与えてくださったからです。14:27「私が平安を与えます。私が与える平安は、この世が与える平安とは違う」ということを味わえるからです。今、被災地の人達にいろんな物が必要でしょう。しかし、この心のPeaceとHopeを何とかして差し上げたいというのが願いです。

さて、今日は「311」の出来事を通して、私達が何を学べるかということを、3つの視点からお話ししたいと思います。 

1)罪を認め、自分と人のために悔い改めること
地震の後、驚いたことがいくつかありますが、ひとつは石原都知事の「天罰発言」でした。「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と言い、国内外から大きな反発を受けました。とんでもない発言ですし、だったら、なぜ都知事自身が天罰を受けなかったのかということになりますが、しかし、こんな発言でも、少しの真理は入っているんじゃないかと思いました。

我欲、自己中心を聖書では「罪」と呼んでいます。また、神様以外に「これさえあれば自分は大丈夫だ」と思う物のことを罪と言います。お金、いい仕事、健康などは全部大事です。しかし、「お金さえあれば、いい仕事さえあれば、病気でさえなければ、人生は大丈夫!」と思うのは真理ではありませんし、神が願われていることではありません。しかも「罪」は、放射能のように何十年かでなくなるものではなく、何百代、何千代にも渡って続く物です。

確かに私達の中には我欲があります。それはクリスチャンであっても、クリスチャンでなくても、同じです。ですから、あの聖人のパウロも悩んだのです。「私は本当にみじめな人間です。誰がこの死の身体から私を救い出してくれるのでしょう?」(ローマ 8:24) ということは、クリスチャンであっても、誰をも裁くことはできませんし、唯一、裁けるのは神だけです。もし私達が人を裁くなら、人差し指で誰かを差すと、残りの3本の指は自分を指すことになるのと同じです。

それでは、クリスチャンというのはどういう存在なのでしょう? それは「自らの罪を知り、キリスト以外に救いはないということを知っている存在だ」と言えます。私達は罪を犯すから罪人なのではなく、罪人だから、罪に染まってしまうのです。パウロは、自分は罪人だと言った後、こう言っています。(ローマ8:25-9:1)「私達の主イエスキリストのゆえに、ただ神に感謝します。この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」

「罪に定められる」ということと「天罰を受ける」という言葉の意味は似ています。ではなぜパウロは「罪に定められない」、「天罰を免れる」と堂々と言えたのでしょうか。それは、代わりに天罰を受けてくださった方がいたからです。それがイエス・キリストです。 今、福島の原子力発電所には、50人の人達が働いています。その50人の人達が自らの命を犠牲にして働いてくれているから、日本、特に東京周辺はまだ安全なのです。私達の安全と心の平安は、彼らの犠牲の上に成り立っています。もちろん、人間の力ですから、これからどうなるかは分かりません。 しかし、2000年前に、自らの命を犠牲にして、天罰を受けてくださったイエス・キリストの救いは、永遠です。比類なき救いです。 

イエス様のおかげで、私達は天罰を免れられます。免れるだけではなく、罪が赦され、神の国に入ることができるのです。このギフトはどんな人にも与えられています。天に召される時、神の前に立ちます。自分がどんなに正しい人間かを主張しますか?それとも、キリストに私達の正しさ、弁護人になってもらいますか。

2)明確にとりなしの祈りのギフトを使うこと
もうひとつ、イエス様を信じた時から与えられるギフトがあります。それは、イエス・キリストのように変えられるというギフトです。 イエス様の務めのひとつは、人々のために祈るということでした。イエス様は毎日祈られましたが、一番最後に祈られた祈りを覚えていますか? 十字架の上からでした。「主よ、彼らをお赦し下さい。彼らは自分で何をしているのかわかっていないのです」(ルカ23:34)と、自分を十字架に付けた人達のために祈りました。私達には、たとえ敵であっても、「人々の罪のためにとりなして祈る」ことも任されています。

地震の後、このようなコメントをよく聞きました。「祈ることしかできない。」しかし、祈りには、力があります。特に、イエス様の名前によって祈る時に、想像を越える力を発揮します。ヨハネ14:13では、こう約束されています。「あなた方が私の名によって求めることは、何でもそれをしましょう。父が子によって栄光を受けるためです。」「神様は素晴らしい!」と人々が神を讃えるような祈りは必ず、応えられるのです。 

皆さんもたくさんの祈りの力を体験したと思いますが、クリスチャンになったばかりの頃、こんな話を私の牧師から聞きました。日本の母教会にタイルでできた深さ2メートルぐらいの大きな洗礼槽があるのですが、ある時、牧師がうっかり、後ろ向き落ちてしまいました。落ちながら、頭が割れるだろうと思ったそうですが、何と、フワッとした雲の上に落ちたような感じがして、全くケガをしませんでした。それだけでも奇跡ですが、その1週間後に遠くアメリカのアイオワの農家の人から手紙があったそうです。「7月10日の午前7時頃、突然あなたのことが頭に入ってきたので祈らされました。何かありましたか?」という内容でした。その日とその時間は、牧師が洗礼槽に落ちた時と同じ時でした。

皆さん、 たとえ何千マイルも離れていても、私達の祈りはちゃんとイエス様が聞いていてくださいます。ですから、被災地のために、日本のために、リビアのために、諦めずに祈り続けてください。状況が悪くなっても祈り続けてください。そして、テレビやインターネットで被災地の写真を見たら、そこに映っている人のために祈っていただきたい。地名を聞いたら、そこの場所のために祈っていただきたいのです。 マザーテレサがテロリストがいる地域を訪れた時、テレビのレポーターにこう訊かれたそうです。「マザー、あなたは戦う武器を持っているのですか?」マザーはこう答えたそうです。「私は地上で最強の武器を持っています。神への祈りです」と。 私達は、イエスの名によって祈る特権を持っています。 2歴代誌7:14「わたしの名を呼び求めているわたしの民が、自らへりくだり、祈りを捧げ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞き、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒そう。」

3)今がどんな時かを知り、福音を伝えること
私の敬愛する高原剛一郎先生のブログから抜粋させていただきます。「関西からのレポートですが、90歳になる クリスチャンの老夫婦がいるそうです。実はこのお二人は、福島県川内村から避難して来られた方々でした。地震による被害も津波による被害も大きくありませんでしたが、福島第1原発から20kmに入ります。ですから、放射線による汚染被害を考慮して避難生活を余儀なくされておられました。「11日間の避難所生活は大変だったでしょう」と尋ねると、「いや、大変は大変でも、大変充実した感謝な毎日でした」とおっしゃったのです。一体、なぜ、充実の日々だったのでしょう? この人は、かねてからキリストの再臨と艱難時代の前兆を語ってきました。その彼らの元に、20〜30人もの被災者が毎日集まってきて「あんたの言った通りの事が起こっている。どうしてだ?」と質問攻めだったそうです。平安と喜びに溢れて証をする彼らの姿に、同じ村の被災者が不思議を感じて聞き入っていたそうです。」

皆さん、これから起こること、どのような方向に向かっているかを知っていることは、素晴らしいことです! たとえこれから、水や電気やガスが通り、原発が収まったとしても、聖書からの見方をするなら、それは究極的な復興ではありません。週報にマタイ24章の聖書預言の箇所をコピーして載せておきましたが、今回の地震も津波も、ここに書かれていることの一部しか過ぎません。

マタイ24章に「世の終わりには地震がたくさん起こる」とありますが、地震国、日本から来た人にはあまりピンと来ない話だと思います。しかし統計的には、マグニチュード8以上の地震は、年々、多くなっています。昨年のハイチ、チリ、そして今年のニュージーランド、日本と、大きな地震が起こる間隔がますます狭くなっています。まるで、マタイ24章に書いてある通り、産みの苦しみを味わい、陣痛が近くなっているかのようです。私には、地震が起きている場所の名前はただの偶然ではないように思うのです。阪神大震災の中心の「神戸」は「God’s Door」の意味です。チリ地震ではConcepcíonが中心でした。この言葉は「キリストの懐胎」も意味します。そして、ニュージーランドの地震は、首都のChristchurchでありました。神様が何か大事なメッセージを送られている。

マタイ24章は私達を怖がらせるために書かれた聖書箇所ではありません。その目的は、たとえ天変地異があっても、神が歴史をコントロールし、これから起こるかを知っているということを明確に示してくださっている。 偶然ではなく、神様が知っておられるなら安心ですよね。「この世にあっては苦難があります。しかし、安心しなさい。私は世に勝ったのです」と言われたイエス様の言葉に信頼を置いていいのです。

日本人クリスチャンは時に遠慮がちになります。最初にした話のように、これから起きることを知っていたとしても、何も言わないことが多い。それは、日本的な宗教観に基づいているからかもしれません。日本的な宗教観は、どの人の意見も尊重し、神も仏も自然も哲学も一緒にしてしまいがちです。しかし、イエス様は「私が道であり、真理であり、命である」とおっしゃいました。イエス様だけで充分なんです。他に何かを求める必要はないんです。

今日は車関係の人も多いので、車に例えたいと思います。(これは翻訳ミニストリーでお手伝いさせていただいたハーベストタイムの中川先生から伺ったお話です。)トヨタという会社がありますよね。そして、BMWという会社があります。トヨタは非常に日本的な会社で、お客さんが言ったことを細かく調査し、カップホルダーの位置さえ好みの位置に置かれるように意見を取り入れます。しかし、BMWというのは、造る人が乗って最高に楽しめる車を造ります。ですから、たまに批判が出ます。去年、BMWの若者向けの車が出たのですが、「若者向けではない!」と人々に叩かれた。しかし、BMWは何と答えたと思いますか?「私達の車を理解し、楽しんでもらえる人に乗ってもらえばそれでいいのです」と言ってのけたのです。トヨタでしたら、「どうもすみません。お客様の貴重な声を取り入れて、すぐに変えさせます」と言ったと思います。 クリスチャンはどちらの立場を取るべきでしょうか。BMWの哲学でいいのです。「こうすれば人は最高に生きられる」という真理を造られた神のメッセージを伝えれば良いのです。

この世はますます聖書の預言の通りになってきています。皆さんはこの真理に、どう向き合いますか? もっと学びたいと思っていますか? そういう人はぜひ教えてください。 最近、同僚が30代前半で突然亡くなりました。今日、亡くなったとしたら、あなたは確実に天の神の元へ行けるでしょうか? その道が知りたいという人は、ぜひ教えてください。

では、この終わりの時代にどう生きたらいいのでしょうか。たとえで話しましょう。40歳を超えてから、私は遠近両用眼鏡をかけるようになりました。最初は嫌でしたが、これはとっても聖書的な眼鏡です。私達はやがて来られるイエス様を遠くに見る必要がある。そして同時に、近くにいる困っている人達を助ける目を持つ。バイフォーカルの視点を持つ必要があると思います。そして、ただ困っている人を助けるだけではなく、人々と和解する必要があります。

さて、一番最初の質問に戻ります。皆さんが、これから起きることを知っているとしたら、皆さんはその真理をどう扱いますか。今日、神に立ち返りましょう。
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高原剛一郎 先生

2011/02/03 13:01
日刊が週刊となり、

週刊が月刊となり、

月刊が季刊となり、

今では年刊になりつつあるこのブログですが、

いつもチェックしていてくださる皆さん、本当にありがとうございます。

お礼とお詫びの言葉もありません... (_ _)


完全に復活!

という訳ではないのですが、時間を見つけ、肩を張らず、いろんなことを少しずつお分かちしたいと思いました。


でも、ブランクが続くと、なかなかうまくは行きません。

自分のブログなのにログイン方法を忘れ、しばらく苦闘しました...(笑)



今回は、自分が毎日読ませていただいているブログの著者の「高原剛一郎先生」をご紹介します。

この先生こそ「超」が付くほど御多忙な方なのですが、3日に一度は記事を書かれています。

そして中嶋は、読む度に、心が揺さぶられるように感じるのです。


高原先生は1年半ほど前に最愛の奥様を亡くされ、一人で三人のお子さんの面倒を見、自分の教会で働き、毎週、日本各地を伝道師として駆けまわっておられる方です。

先生の心の中の葛藤も赤裸々に綴られたその記事のひとつひとつに、うめきたくなるような重みと不思議な魂の高揚を感じるのです。


その先生の説教が、今回、youtubeで観られると知り、これは皆さんにもお知らせしたいと思いました。

和泉キリスト教会という教会のホームページにアップされていますので、ぜひ皆さんにも観ていただきたいと思います。先生のパンチとユーモアのあるメッセージに、皆さんも引きこまれてしまうと思います。


和泉キリスト教会  http://christ.dip.jp


ビデオを観て、高原先生のブログも読んでみたくなった方は、ぜひ、こちらもどうぞ!

「主とともに歩む 高原剛一郎」  http://blog.livedoor.jp/gt516


では、皆さんの上に、今日も主の祝福がありますように。

また近いうちにお会いしましょう。



追伸、高原先生のブログは過去の記事からゆっくり、時間をかけてお読みください!
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Kokorone Live in Sapporo!

2010/08/31 04:15
とんでもないほど、ごぶさたしています! (_ _)

私の近況はともかくとしまして、

”Kokorone Live”という

ものすごい企画がありますので、その援護宣伝に勝手に乗り出した中嶋です。

もし札幌近郊にお住まいの方は、ぜひ、いらしてください。

画像



前売りでも、当日券を買ってください!

(冗談です...)


詳細は、ツトムジャーナルまで。

http://tsutomuj.blog85.fc2.com
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アメリカへの大学院留学を考えている女性に朗報!

2009/12/07 00:27
またまた、ごぶさたしてしまいました!

言い訳の言葉もない中嶋です... (苦笑)

さて、今日はアメリカへの大学院留学を考えている女性の方々に朗報です! 


先日、P.E.O. (Philanthropic Educational Organization)という女性教育普及会の方からコンタクトがあり、「日本人女性でアメリカ留学のための奨学金を求めている人はいませんか?」という話がありました。

興味がある方は、以下のサイトのP.E.O. International Peace Scholarshipというサイトをご覧下さい。

締め切りが12月15日までと時間が少ないのですが、興味がある方は、ぜひ応募してみてください!


www.peointernational.org/about
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Cristina Piccardiさんのコンサート!

2009/10/13 12:01
またまたごぶさたしておりました! 皆さん、お元気でしょうか。

近況についてはのちほどご報告したいと思いますが、今日はコンサートのお知らせです。

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クリスティーナ・ピッカルディーさんというソプラノ歌手の方が、これからアンナーバー地区の教会で働かれる井上牧師夫妻のために、ボランティアでファンドレイズコンサートをしてくださることになりました。

下のサイトをご覧いただくだけでもお分かりいただけるかと思いますが、このクリスティーナさん、アメリカ国内外で数々の賞を受賞した素晴らしい歌手の方です。

この方のご友人の方のご厚意で、10月18日(今度の日曜日)の4時にBattle CreekのChrist Community Churchで特別コンサートを開いていただけることになりました!

お近くの方も、お遠くの方(?)も、ぜひいらしてください!


www.youtube.com/watch?v=ZFLJTBA-i6E

www.youtube.com/watch?v=uMlsqIuPk0s


コンサートのご報告は、来週のお楽しみ!
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祝福あふれたミシガンバイブルキャンプ2009!

2009/08/26 11:11
皆さん、本当にお祈りをありがとうございました!

「ミシガンバイブルキャンプ2009」、大変素晴らしい時となりました!!

詳しいことは次回に書かせていただくことにして、

今回は皆さんに感謝の報告とお礼までです。



長距離を運転して参加してくださった方々(往復40時間をかけてテキサスから来てくださったご夫妻もいらっしゃいました)、

休みや時間や金銭的制限などがあっても精一杯参加してくださった方々、

音楽や司会や運営や奉仕など、自分の持てる賜物を最大限に生かして参加してくださった方々、

日本語がわからなくても、子どもの面倒を見たり、裏方で働いたりと、謙遜に働いてくださった方々、

参加はできなくても、陰で一生懸命お祈りしてくださった方々、

そして、何よりも、すべてをご存知で、私達を愛し受け入れ、自由と解放を与えてくださった神様に感謝です!


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(入れ替わり立ち替わり、50人ぐらいの方々が参加してくださいました。)


とくに嬉しかったのは、参加された方々が讃美と御言葉によって、自由と解放を体験してくださったことです。

何をしても笑顔と笑いが溢れた4日間でした。(「とくに牧師達が解放されたのではないか?」という裏話もありますが... 笑)


エペソ人への手紙のテーマのひとつは、「教会」です。

今回、教団教派を超え、キリストのひとつの身体、”運命共同体”とならせていただいたように感じました。


一緒に働いてくださった皆さん、本当にありがとうございました!本当に楽しいひとときでした。


きっとまた来年、素晴らしいミシガンバイブルキャンプになると信じています。

今年参加できなかった方は、2010年を乞うご期待!

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いよいよ始まります!

2009/08/20 20:59

いよいよ、ミシガンバイブルキャンプが今日から始まります。

最近とくに皆さんのお祈りをひしひしと感じています。

祈りがなければ、話すことも、前に立つこともできません。

今までずっと準備をしてきて、たくさ〜んお話したいことがあるのですが、神様が願われていることだけをしっかり話すことができるようにと続けて祈っていただければ幸いです。


絞りに絞って話す5つのテーマの予告編はこちら!

1) 「私達のアイデンティティー」 "Love Revealed"

2) 「1+1+1=ひとりの人」 と「1+1=教会」 "Love Unites"

3) 「仕えることの奥義:愛と喜び」 “Love Overflows”

4) 「神の武具を身に付ける」 “Love Fights” 

5) 「終末時代と来るべき天国」


バイブルキャンプが終わってから、学んだ内容をブログでお分かちしたいと思っています。

では、行ってきま〜す!


こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。 (エペソ 3:17-19)
(テーマソングならぬ、テーマ聖句です!)
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近況報告です!

2009/07/25 12:27
お、ひ、さ、し、ぶり

です!

忘れられても当然の、アンディー中嶋でございます。

ずーっと(3ヶ月も!)更新せずに申し訳ありません。


5月に「日本の歴史と文化」の集中講義クラスがあったかと思うと、

6月前半には、学生を連れて日本の旅行があり、

それが終わったかと思うと、日本での高齢者福祉NPOに関する調査が入り、

それが終わってからは、ぼーっと気が抜けておりました...


今、家族と一緒にバケーションを取っています。

ミシガン州の北にある、湖沿いのFrankfortという街に来ています。

小さな港町ですが、今日はPoint Betsie Lightという灯台を見学しました。

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ミシガン湖の周囲には23の灯台があるそうですが、湖にはなんと、2000の難破した船が沈んでいるのだそうです!

嵐や霧の中も進まなければならない船にとって、灯台がどれだけ希望の光になっているか分かりません。


今回の旅行で感じたのは、家族だけで時間を取ることの重要性です。

いつも一緒にいる家族でも、日々の生活に忙殺されず、ゆっくり話したり、自然を楽しむという時間はまずありません。

とかく私達はいろんなことで忙しくなりがちですが、ウエイン・コデイロという牧師はこんなことを言っています。

「私達の生活はとかく忙しすぎる。しかし、本当に自分にしかできないことはその中の5%にも満たないかもしれない。家族にとって、夫であり、父親であることは誰かが代わりにできることではない。自分の身体と霊の健康も自分でしか管理することができない。この5%が何かを見極めることが重要である。」

神様と家族が先に来て、仕事の中で自分にしかできないことを見極める。

そうでなければ、ミシガン湖に沈んだ船のようになってしまうかもしれないと思いました。


そのこともあり、比較的時間のあったここ3週間も、無理をせず、ゆっくり家族との時間を持つことにしました。ブログの更新も待つことにしました。

しかし、こんな私のブログをあきらめずにチェックしてくださった方々、本当にありがとうございます!

日本でもたくさんの応援をいただきました。

「こんな自分の記事や声ブロを楽しみにしていてくださるなんて...」と

何度、心の中で頭を下げたか分かりません。

こんなブログですが、これからもよろしくお付き合いください。


8月に入ると、明治学院の国際ビジネス学科の2週間の研修が始まります。

妻はBusiness Englishを教え、私はプログラム全般の面倒を見させていただきます。

そして、8月20日から23日までは、第12回ミシガンバイブルキャンプの講師として、5回話させていただきます。お祈りに覚えていただけたら嬉しいです。


今回は「エペソ人への手紙」から話すようにという神様の導きがありましたので、1章から6章まで通して話させていただきます。

講師としてお呼びいただけるのは本当に嬉しいことですが、何が嬉しいかというと、いろいろな方々とお会いでき、信仰の旅路を伺い、自然の中でゆっくりと交われることです。

会場のCamp Living Waterは、街の明かりもなく、ネットもなく、携帯の電波も届かない、大自然のど真ん中にあるクリスチャンキャンプ場です。

アブラハムが神様に星空を見せられたのと同じ空ではないかと思うほど、満天の星空が見えるんです!

そこにいるだけで、エペソ1章4節の言が感じられるようです。


そしてもうひとつ嬉しいのは、神様の言を深く探る特権に預からせていただけることです。

「もうエペソ人、大好き!」というほど、感銘を受けております。(「エペソ人の手紙」のことです。笑)

機会がありましたら、キャンプ場でお会いしましょう。

機会がない方には、イエス様に教えていただいた内容を少しずつブログでシェアさせていただきますね。


以上、近況を兼ねてのご報告でした。皆さんに、神様からたくさんの祝福がありますように!
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「あなた方で何か食べる物をあげなさい...」

2009/04/06 13:21
時々、疲れて何もできなくなる時がある。

そんな時、何をしていても心がついて行かない。

そんな時を、皆さんも経験されることがあるだろうか...。


今日の礼拝の準備はまさにそれだった。

先々週から余震のように襲ってきた仕事の波で、今日の礼拝の準備が滞ってしまっていた。

もちろん礼拝は楽しみなので、参加するにはいっこうに問題はない。

しかし、進行側となると話は変わってくる。

「何を言おう。」 「どこで言おう。」 「どのシーンを見せよう。」 「セットアップはどうするか。」 「この連絡を忘れないように。」 「新しく来た人には...」

頭は先を行っているのに、 身体は3マイルぐらい後ろに置いてきた感じだった。

(実際、恥ずかしいことに、司会中に聖書朗読を飛ばしてしまっていたことに後で気付きました。そんな私も受け入れ、ニコニコと礼拝に参加してくださっていた皆さんに、祝福あれ!)


礼拝の準備で悩むことのひとつは、「証」をしてくれる人をだれにするかだ。

今回はどうしても予め決めておけず、礼拝の3時間前まで迷っていた。

どんな人達が来るのかあまり予測できない日本語礼拝には、一回、一回、”賭け”みたいなところがある。


そんな時、机に頭をもたげ、祈る。

すると、ハーベストタイムのパーソナリティーである中村啓子さんのDVDインタビュー番組が、頭に思い浮かんだ。


中村さんは、素晴らしいクリスチャンであり、プロのナレーターとして声を使ったお仕事をされている。

日本に住んだことのある人なら、会ったことがなくても、必ずどこかで中村さんの声を聞いたことがあるはずだ。

NTTの時報、コマーシャル、成田空港リムジンバス、エスカレーターの案内、駅の券売機などなど...


礼拝が終わり、今日はじめて礼拝に来られた方が、こう言ってくださった。

「中村啓子さんが、私の心にあったことをすべて代弁してくれました...」


この方はかなり辛いところを通られた方のようだった。

その方が、アメリカにある小さな町で、月一回開かれているたった一時間の礼拝の中で、中村啓子さんというクリスチャンを通して現された神様の愛に触れてくださった。

こんな素晴らしいことって、そうそうあるもんじゃない。


イエス様は、自分についてきた15,000人あまりの群衆達を見ながら、弟子達にこう言われた。

「あなた方で何か食べる物をあげなさい。」

もちろん弟子達は、「先生、それは無理でしょう」と答えた。

しかし、ある弟子が、子どもが持っていた粗末な弁当を差し出した。

その時、イエス様は持ってきたものを祝福し、分け与えた。

来ていた人達全員が満腹し、充分すぎるほど食べることができた。


「あなた方で何か食べる物をあげなさい...」

今日はそのことを垣間見るような体験をさせていただいた。


この集まりを楽しみにして来てくれる人達がいて、

自分にはもったいないぐらいのチームが与えられ、

自分の想像をはるかに超えた神様の働きを見せていただいている。


神様は、折りにかなった不思議な”恵み”を注いでくださる。


「イエス様って、やっぱり粋な方だなあ...」と思わずにはいられない。



本日使わせていただいた中村啓子さんのインタビュー番組は、ハーベストタイムのインターネットTVでもご覧いただけます。  http://www.harvestinternet.tv/index.php

中村啓子さんのブログも紹介させていただきます。(中村さん、いつかお会いしましょう!)  http://blog.livedoor.jp/timesignal_117
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Living in This Moment!

2009/03/18 13:02
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ついにやってきてくれましたテキサスからのミッショングループ!

10日が経った今も、感動が尽きません。

全走行距離が6000キロといいますから、地球を半周したことになるんですよね〜。

リーダーのみちや君のブログにあるように、まさに持ち物は、情熱 そのもの!

どの人が欠けてもいけないチームでした。

そして、彼ら以上に背後の祈りを感じさせたチームはありませんでした。



月曜日に全行程が終了し、みんな無事に学校に戻ることができたようです。

みんな、お疲れ様! (_ _) 

そして、感謝のハレルヤ!

みんなに会えて、本当によかった。 また一緒に、神様を讃えよう!




(久しぶりに声ブロ、入りました...笑)

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人生の中間テスト?

2009/02/26 00:06
大学では中間テストのまっさかり。

学生達が目の下にクマを作りながらいくつもの試験を受けてます。

そんな彼らの姿を見ながら、「頑張れ〜!」と心の中で声援を送りたくなります。


教師になってから、紙に答を書くテストは受けなくてもよくなりましたが、

       「人生のテスト」

の方は、相変わらず、受けてるような感じがします。(苦笑)


このテストが紙のテストと違うのは、”実践テスト”だということ。

”ヒント”が、神様との親しい間柄と今までの生活の中に隠されていること。

そして、逃げずに受け続けるかぎり、”落第はない”ということです。


しかし、もちろんテストですから、「先生(神様)、問題7番の答は何ですか...?」

と訊いても、答えてくれません。

「10番の答えは、Bでいいでしょうか?」

と訊いても、返事はなかなか返ってきません。


その時にできることは、今まで学んだことを応用し、信じて対応すること。

そして、「それでも、神・GODは、私達を愛し、最善を尽くして下さっているんだ!」とますますもって神様に期待することです。


このテストの不思議なところは、全力を尽くして考え、祈り、信じ、答え、期待し、そして力尽きた時に、やっとテストの答が見えてくることです。

私もまだまだ「人生の中間テスト」を受けなければならないようです。

そして、テストを受けている姿を見て、神様は、「よくやっているよ。それでいいんだよ」と微笑んでいらっしゃることでしょう...


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冬眠から目が覚めました!

2009/02/05 12:03
おはようございます!

長いこと、冬眠してしまってました。

アクセスさせては、

「ちぇっ、まだ更新してないよ!」

と思わせてしまっていたそんなあなた。

ごめんなさい m(_ _)m 素直に謝ります。(苦笑)


この3週間、いろいろなことが起きすぎていて、眠る時間もなかなか取れませんでした。

(「さっき、冬眠してたって言ってたじゃないかー」ってつっこまないで!)

これから、またドシドシ更新します!


とは約束できませんが (笑)、

時間とインスピレーション次第で更新しますので、

中嶋のブログが読みたい方は、

中嶋に、時間とインスピレーションが与えられるようにと

お祈りください。 m(_ _)m


今日は好きな言葉を3つ、皆さんにお届けします。

"We are all in the gutter. But some of us are looking at the stars."  (誰もが溝に足をつっこんでいる。でも、そんな中でも、星を見上げる人もいる。)

"Scars turn into stars!" (傷もやがては星になる!)

"Ships in the harbor are safe, but that is not what ships were made for." (港に停泊している船は安全だ。でも、それが船の造られた目的ではない。)

どの格言も、神様に与えられた人生を表していると思いませんか?

Create a great day!

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「選ばれた?」

2009/01/14 13:15
皆さん、こんにちは!

今日は読者の方から寄せられたメールにお答えする声ブロです。

お楽しみに!




追伸、
たくさんの方々に受賞のお祝いの言葉をいただきました。本当にありがとうございます!!感謝でいっぱいです。
まだ返事が書けていない状態ですが、今週中には返事を差し上げたいと思っています。今しばらくお待ちください。 m(_ _)m

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こいつは春から!

2009/01/05 14:18
皆さん、明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします。 m(_ _)m

さて、今日から仕事始めという方も多かったのではないでしょうか。

中嶋も今日から大学に戻り、毎年恒例の教員昼食会に出席してきました。


この昼食会では、同僚達が一年の間で行った様々な業績がパワーポイントのスライドで映し出されます。

「みんな、実にいろんなことをやっているな〜」と、いつも尊敬を感じます。(ちょっと自慢大会っぽくなってしまうところもないとは言えませんが...)

本や記事の執筆、学会発表、助成金の獲得、財団の委員就任、各種受賞報告などなど...

まさに教育と研究成果のオンパレードです。

ホープカレッジには、"Psychology Professor of the Year"とか"Biology Professor of the Year"とかいう全米で毎年一人しか選ばれないような優秀な人材が何人もいたりします。

また、世界的に知られている財団からの賞などを受賞した人達もかなりいます。

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そんな中で、中嶋が秘かに狙っている、いや、願っている賞がひとつありました。

それが、"Janet Anderson Award for Excellence in Teaching"という賞でした。

これは、ホープカレッジで教えている教員や学長室、学生達の推薦によって送られる賞です。

ホープで教える教員にとっては、最高にありがたい賞です。


中嶋は「退職前に、いつかこれをいただきたい!」と、ずっと思っていました。

でも、二足わらじの仕事。

教会との仕事の掛け持ちということもあり、ときに時間のなさや自分の勉強の足りなさに後ろめたさを感じていました。

「でも、自分のフィールドでもしっかり認められる仕事がしたい!パウロのように、賞を取れるように走りたい!」と強く願っていたのでありました。


しかし、そんな中嶋と同僚に、なんと!

2009年の"Janet Anderson Excellence in Teaching"賞がいただけることになったのです!

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よく「グラミー賞」や「オスカー賞」などを受賞した人が、「え? 誰? 私?!」っていう表情をすることがありますが、中嶋もまさにそれでした。(名前を呼ばれた時のぼーっとした写真は、恥ずかしくてお見せできません...笑)

そして受賞者がスピーチでよく言うように、「神様と家族と友人と同僚に感謝します!」という気持ちがよくわかりました。この賞は、皆さんの祈りと励ましのおかげでもあります。心から感謝しています!

これからも、この賞に負けないように日々、努力していきたいと思います。

「こいつは春から... 祝福だ!」と感謝した新春でした。
(手前味噌の記事で失礼...)


そして、このブログがこれからも皆さんにとって、少しでも祝福になればと思っています。

今年も、応援のほど、よろしくお願いしま〜す!

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お世話になりました...

2008/12/31 13:45
皆さん、今年一年も大変お世話になりました〜!

こんな拙いブログですが、いつも楽しみにしていてくださる皆さんの顔が思い浮かぶと、ついつい更新したくなってしまう中嶋です。

今年も素晴らしい出会いに感謝する一年でした...

明治学院、フェリス、早稲田、テクノスから来てくれた皆さん。
Global Management科とAmerican Studies科と国際ボランティア科の皆さん。
日本語礼拝に新たに関わってくださった皆さん。
仕事で新たなお付き合いをさせていただいた皆さん。
日本からのダンスカンパニーの皆さん。

バトルクリーク、グランドラピッズ、ホーランド日本語礼拝の皆さん。
シカゴJCFNとバイブルキャンプで出会った皆さん。
日本の教会でお会いした皆さんと日本に帰国された皆さん。
今年の夏に日本で会えた皆さんと旧友達。

メンティーのみんなとホープカレッジの学生達。
素敵な友人達と朋友。
家族や家族になってくれた人達。

みんな、みんな、ありがとう!

そして、GRのモールにまで遊びに来てくれたマケイン君とオバマ君にもありがとう。(もちろん冗談!)

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そして最後に、いつも支え、導き、後押しをし、引っ張ってくださったジーザス、本当にありがとう!「感謝」の一言では言えないほどの感謝を送ります!最高!

来年も、「バイブル的人生」をよろしく!

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おめでとう。そして、ありがとう...

2008/12/25 12:50
クリスマスから大晦日にかけて、オレはいつも、街をうろつき回っていた。

何を探すのでもない。目的もない。ただ“反省モード“で徘徊するのだ。

「今年一年、自分は何をやったんだろう。何ができたんだろう…」

そんなことを考えながら、何時間も歩く。


中学から高校にかけて、その傾向はひどくなっていった…。

一人は寂しいからと、友達や彼女といても寂しさは変わらなかった。

「みんな、こんな気持ちでこの時期を過ごしてるんだろうか?」

「それとも、こんなことを考えてるのはオレだけだろうか…?」


そんな時、楽しそうに酒を飲み、バカなことをやってみんなを笑わせていた友人が洩らした一言。

「こんなことでもやってなきゃ、人生、空しいだろ…」

その一言が、心の闇にこだました。


高校3年の冬、そんな自分は終わった。

生まれて初めて“教会”なる所に行き、クリスマス会なるものを見に行った。

飲まない。騒がない。バカやらない。しかも、クリスマスの劇は上手くない。

そんなクリスマス会だったのに、なぜか、オレの心に灯がともった。

誰にも見せなかった心の闇に、光が差した。

その光は、20数年たった今も、強く輝いている。

2000年前に地上に生まれたジーザスは、20年前に確かにオレの心に生まれてくれた。


ジーザス、誕生日おめでとう。

この地上に生まれてくれてありがとう。

そして、オレの心にも生まれてくれてありがとう。

来年も、永遠までも、よろしく...。

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クリスマス 2008 (最終回)

2008/12/23 03:55
6回に渡るお付き合いをどうもありがとうございました!お楽しみいただけましたでしょうか?

今回のGrand Rapidsのバイブルスタディーでは、とくに素晴らしい出来事が最後に待っていました。

それは、写真の中央に写ってらっしゃる”Kさん”がクリスチャンになる決心をされたことです!!

画像


お友達のルナさんにお祈りを導かれ、イエス様を人生の主とされました。

主の誕生を、まさにご自分の心と人生の中で体験されたのです!

こずえさん、おめでとう〜!!




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